暖簾を見直そう!いい店のデザインに接してセンス磨き

2022/11/04

男の身だしなみ20220624

私は週に2日仕事を忘れ写真を撮りながらの街歩きを楽しんでいる。写真のテーマは家や会社・商店などの玄関先や店頭に飾られた動物たち、車に押しつぶされた路上の空き缶(ゴミ箱が整備されたこととポイ捨てが少なくなったこともあり近ごろは1カ月に1、2個しか見つからない)、ビル工事中のクレーンと青空の光景、蔦にからまった家、庭に咲く季節の花という具合に長年撮り続けたきたテーマは多い。

1年ほど前から夢中になっているのが暖簾(のれん)だ。ご存じの通り暖簾は店の入り口に掲げられている店の顔といえるもの。

平安末期の保延年間(1135~1141)の『信貴山縁起』に描かれているのがいちばん古い暖簾といわれている。暖簾は当初日光や雨風を防ぐ役割や外からの目隠し、結界だったが普及するにつれ商店が店を開けると掲げ、閉店すると仕舞うことで営業の目印となり、時代とともに商店の信用や格式を表すものとなった。

不祥事などで店の信用や名声を失うと暖簾に傷がつく、廃業になると暖簾をたたむとか暖簾を下ろすと言い、奉公人に同じ屋号の店を出すことや使うのを認めるのを暖簾分けと表現する。

写真を撮っていて気づくのは、しゃれてるなと思う暖簾の食べ物屋はまちがいなくおいしいからいい店探しの目印にしている。これは暖簾に誇りを込めて仕事をしていることの証とも言える。老舗の暖簾は屋号を入れたシンプルなデザインが多く、新興店やチェーン店はめいっぱい暖簾のスペースを使いあれこれ入れすぎて見た目も美しくない。

今までに撮りためた暖簾は100を超えたが、これからは江戸・東京で100年以上同業で継続し繁盛している店で、暖簾を守り育てるという同じ志を持つ店で1951(昭和26)年に発足した「東都のれん会」の加盟店(現在53)のものを撮ろうと決めている。

写真は上野2丁目の安政6(1859)年創業の日本蕎麦屋「蓮玉庵」のもの。斎藤茂吉、森鴎外、坪内逍遥、樋口一葉、久保田万太郎などそうそうたる人がひいきにしていた店で「東都のれん会」発足時からの加盟店。

全部の加盟店の暖簾を撮るのは時間もかかるが、美しいデザインに接することでセンスや粋の磨き方の勉強になり、いいものを選ぶときの目も養える。


■執行雅臣(しぎょう・つねおみ)

ファッションジャーナリスト。福岡県出身。中央大学卒業後、文化出版局入社。『装苑』『ハイファッション』『MR・ハイファッション』などの編集長を経てフリーに。毎日の街歩き情報をブログameblo.jp/3819tune1224/)でつづっている。

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