【全解説】男性不妊治療3〜精索静脈瘤手術の実名体験談と精子を見つけ出す技術
不妊治療が保険適用に向け動きだす中、不妊原因の約半数を占める男性側の意識はまだまだ低いのが実情です。不妊治療を受けた事実を明かす男性が非常に少ないというのも「男性不妊」が認知されない理由のひとつでしょう。
そこで、男性不妊治療を考える記事の第3弾はまず、積極的に治療に取り組み、その経験を実名で公表している産経新聞の山本雄史さんの貴重な体験談をお届けします。
- それは人生初の「精液検査」から始まった
- 精索静脈瘤発見、「自然妊娠は困難」の告知
- 迷わず手術を決断
- 精索静脈瘤は男性不妊の典型的な原因
- 精液検査で驚くほど悪い結果が…
- 男性不妊の「認知」、精液検査の「普及」を
- 閉塞性無精子症の原因は?
- 精巣から精子を取り出す「精巣精子採取術」も視野に
- 精路再建術の費用は?
- 閉塞性無精子症と非閉塞性無精子症に対する2つの術式
- 胚培養士が精細管を刻み、中から精子を見つけ出す
- 卵子と精子の凍結保存が助成対象に
- がん治療と妊孕性温存を並行
- 精子凍結保存の費用は?
それは人生初の「精液検査」から始まった
年齢的なことを考え、妻と子供を作ることをはっきりと意識し始めたのは2014年1月ごろだった。私は36歳、妻は34歳。まずは自然に任せ、様子をみていた。
だが、半年たっても兆候がない。自然妊娠は1、2年ほど待つようだが、物事をはっきりさせたい性格もあって、早めに専門の病院で精液検査をしようと考えた。日本では男性側が不妊治療に消極的なケースが多い。精液検査もなかなか広がっていない。「男の沽券(こけん)に関わる」みたいな意識もあるのだろう。
手元に人生で初めて受けた精液検査の結果を示した紙がある。検査日は2014年6月13日。
病院内の“専用ルーム”で発射したばかりの新鮮な精液が検査に回され、1時間で結果が出た。
精索静脈瘤発見、「自然妊娠は困難」の告知
所見は非常に悪かった。精子濃度はWHO(世界保健機関)の基準値を大幅に下回り、精子の運動率も良くない。妻の子宮に「1匹」も届いていないことが別の検査で判明。
医師からは「自然妊娠は困難」と告げられた。
精子の状態は体調によって大きく変化する。念のため同年8月にも2回、精液検査を受けたが、数値はやはり悪い。
原因は「精索静脈瘤」だった。精巣やその上の精索部にできる静脈瘤(静脈が拡張したコブ)のことだ。静脈を逆流した有害物質が精巣に運ばれたり、熱に弱い精巣の温度が上昇し、精子を作る能力が悪化する。一般男性でも15%、不妊男性の40%以上にみられる、男性不妊の典型的な症状だった。
私の場合、太さ3ミリの“太い静脈”が何カ所もあった。精索静脈瘤はやっかいで、エコーで存在は認められるが自覚症状がない。放置していても体に害がない。検査、診察してもらって初めてわかる。衝撃的な事実を突きつけられたが、希望もあった。
精索静脈瘤は手術による治療が有効だったからだ。しかも局所麻酔で日帰りで済む。費用は20万円以上かかるが、体外受精など他の方法に比べれば随分安い。男性側の機能を改善することで自然妊娠が可能になるならそれに越したことはない。個人的に自然妊娠以外の手法にやや抵抗もあったので迷わず手術を決断した。
迷わず手術を決断
最初の精液検査から半年後の2014年11月20日午前10時、都内の病院で手術を受けた。安倍晋三首相(当時)が衆院を解散したのが11月21日。政治部記者だったので非常に忙しい中、病院に向かったことを覚えている。
手術内容は腎臓と精巣の間の精巣静脈を糸でしばって血流を遮断(結紮)する「低位結紮術」。陰のうの付け根あたりを数センチ切開した。1時間ほどで終わったことを覚えている。執刀医は東邦大学医療センター大森病院・リプロダクションセンター(泌尿器科)の永尾光一教授だった。
手術後、多少の痛みはあったが、傷口は数日でふさがった。患部周辺の違和感も1カ月で消えた。ただ、数日間は足を引きずりながら歩かざるを得なかった。会社には「ももの付け根を切る」と説明していた。「不妊の手術をする」とは言っていない。恥ずかしくて言えなかったのかもしれない。
翌年になると、“子作り”を再開した。すぐに結果が出ると思いきや、世の中そんなにうまくいかない。
精索静脈瘤は男性不妊の典型的な原因
男性不妊の典型的な原因である「精索静脈瘤」の手術を受けた後、初の精液検査を行ったのは2015年2月19日である。治療で精子の状態は改善されたのだろうか。
2014年11月20日の手術からちょうど3カ月が経過していた。不妊が判明した同年6月よりも緊張したことを覚えている。幸い、数値は改善に向かっていた。精子濃度がWHO(世界保健機関)の基準値を上回っていたのだ。運動率、前進運動率も基準値に近づいていた。
男性の不妊治療を行う専門医でつくる「NPO法人男性不妊ドクターズ」(永尾光一理事長=写真)のホームページによると、精索静脈瘤の手術で精液所見は51〜78%も改善する。精索静脈瘤は男性不妊の4割を占める主要な原因だ。手術を行うことで人工授精、体外受精、顕微授精の「成績」が上昇することも明らかになっている。
正しい選択ができたのは迷わずに専門の病院へ行き、精液検査を受けたからだと思う。
精液検査で驚くほど悪い結果が…
それでも、すぐに子供ができるほど万全な状態ではない。かろうじて自然妊娠が可能というレベルだ。精子はアルコールやストレス、疲労の影響を受けやすい。数値が改善されて油断したのだろう。このころの私は深酒を繰り返し、仕事優先の不規則な生活を繰り返していた。
手術から約7カ月後、2015年6月13日の精液検査で驚くほど悪い結果が出た。精子濃度が手術前よりも低かったのだ。医師や妻の助言を踏まえ、アルコールをやめ、疲労が蓄積しないように気をつけた。
節制が効いたのかどうかは断定できないが、7月に妻が自然妊娠した。長女は2016年3月に無事に生まれた。まもなく5歳を迎える。元気に幼稚園に行っている。
男性不妊の「認知」、精液検査の「普及」を
自分の経験に基づき、男性不妊という課題に強い関心がある。WHOの調査で不妊原因の約半分は男性にあることがわかっている。男性側の治療、精子の質の改善に向けた努力は不可欠だ。
しかし残念ながら、精液検査は一般的には広まっておらず、精索静脈瘤手術の有効性もまだあまり知られていない。精子の質を改善することなく、人工授精、体外受精、顕微授精を実施しても結果は出にくい。女性が苦労するだけだ。順天堂大医学部附属浦安病院泌尿器科の辻村晃教授は「精子の濃度や運動率が、WHOの下限基準を下回っている男性が4人に1人いる」と警告している。
私は先日、大流行中の音声SNS「Clubhouse(クラブハウス)」で男性不妊について語った。国会議員や専門家、不妊治療中の女性らが参加してくれた。予想通り、男性が不妊治療に消極的なエピソードが多かった。
変化もみられる。菅義偉政権が不妊治療への保険適用を表明し、男性不妊に言及し始めた。歓迎したい。男性不妊がもっと世間に認識され、男女、夫婦、カップルで不妊治療に取り組むことが当たり前になってほしい。
(体験談おわり)
山本雄史(やまもと・たけし) 42歳、大阪府岸和田市出身。2002年、産経新聞入社。社会部、政治部、夕刊フジなどで記者。現在は新規事業担当の新プロジェクト本部次長。昨年2月、男性不妊をテーマにしたシンポジウムを企画。治療経験を実名公表している。2016年に長女誕生。
閉塞性無精子症の原因は?
射精した精液中に精子が見つからない「無精子症」。
精巣で精子はつくられていますが、精路(精子の通り道)が閉塞していて精子が出てこない無精子症を「閉塞性無精子症」といいます。原因は、避妊手術の「パイプカット」、子供の頃に行った「両側鼠径(そけい)ヘルニア手術による閉塞」、性感染症などによって起こる「精巣上体炎による閉塞」、生まれつき精管がない「先天性両側精管欠損」などがあります。
治療は、手術用顕微鏡を使って閉塞した精路を開通させる手術(顕微鏡下精路再建術)を行います。
東邦大学医療センター大森病院・リプロダクションセンター(泌尿器科)の永尾光一教授は次のように説明します。
「パイプカットや鼠径ヘルニア手術による閉塞に対する精路再建術は、尿道側の精管と精巣側の精管をつなぐことから『精管―精管吻合(ふんごう)術』といいます。手術による精子出現率は、パイプカットでは約90%なので自然妊娠も可能です。しかし、鼠径ヘルニア手術による閉塞では、閉塞の期間が長いと手術成績や自然妊娠の確率は落ちます。ですから、全体の精子出現率は約63%、自然妊娠率は30%くらいになります」
閉塞性無精子症では、精巣内の精子形成は盛んに行われています。そのため、精路再建術で精路が開通しなくても、まだ方法があります。
精巣から精子を取り出す「精巣精子採取術」も視野に
顕微授精も治療の選択肢として考えている患者には、精路再建術と並行して精巣から精子を取り出す「精巣精子採取術(シンプルTESE)」を行って、精子を凍結保存するそうです。シンプルTESEは、陰のうの皮膚を1センチほど切開し、肉眼で精巣組織の一部を採取する方法です。
また、精巣上体炎による精巣上体管の閉塞では「精管―精巣上体管吻合術」という精路再建術が行われます。これは直径約3ミリの精管と直径約0・3ミリの精巣上体管をつなぐので、技術的に精管―精管吻合術よりも難しい手術になります。
「精管―精巣上体管吻合術での精子出現率は約50%、自然妊娠率は25%くらいなので、この場合もシンプルTESEによって精子を凍結保存します。先天性両側精管欠損の場合は、精管自体がないので最初からシンプルTESEで精子を採取して顕微授精になります」
精路再建術の費用は?
いずれにしても精路再建術で精子が出現しても、自然妊娠するまでは術後10カ月くらいの期間が必要。ある程度、時間的(年齢)に余裕のあるカップルに勧められる治療法になります。余裕がない場合には、自然妊娠を待たずに凍結精子で顕微授精が行われそうです。
精路再建術の費用は、パイプカットの再建術は保険適用外で自費診療になります。クリニックの日帰り手術では約70万円、東邦大学の場合は入院3泊4日で約140万円です。
鼠径ヘルニア手術後や精巣上体炎などの病気による精路閉塞の場合は保険診療となり、3割負担で20万円くらい。シンプルTESEの費用は、保険適用外(国や自治体の助成あり)で東邦大学の場合、約20万円になります。
閉塞性無精子症と非閉塞性無精子症に対する2つの術式
「無精子症」には、精子の通り道(精路)が閉塞していて精子が出てこられない「閉塞性無精子症」と、精路には問題はないけれど精子をつくる機能に異常がある「非閉塞性無精子症」の2種類があります。
閉塞性無精子症では、精路を開通させる手術が行われます。非閉塞性無精子症では、ホルモン補充療法で精子の出現が見込まれる「低ゴナドトロピン性性腺機能低下症」という病気以外は、手術で精巣から精子を採取して顕微授精が行われます。
精巣から精子を採取する手術には、肉眼で精巣組織の一部を採取する「精巣内精子採取術(シンプルTESE)」という術式がありますが、非閉塞性無精子症の場合、この術式で精子が見つかる可能性は低いのです。そのため手術用顕微鏡を使って、精子のいそうな精巣組織の一部を採取する「顕微鏡下精巣内精子採取術(マイクロTESE)」が行われます。永尾教授はこう説明します。
「精巣内には『精細管』という細い管が600-1200本詰まっていて、その一本一本に精子のもととなる細胞が生まれ、細胞分裂を繰り返して精子に成長します。マイクロTESEは、手術用顕微鏡(倍率20〜40倍)を使って精巣内をつぶさに観察し、『太い、白濁(はくだく)、屈曲している』という特徴のある精子のいそうな元気な精細管を採取するのです」
胚培養士が精細管を刻み、中から精子を見つけ出す
手術は局所麻酔で行います。片側の陰のうの皮膚を3センチくらい切開し、精巣を血管がつながった状態で一時的に体外に取り出すのです。
そして精巣を半分に割って、良好な精細管を見つけ出し採取します。取る量は小指の先ほどくらいで、ごく少量です。ここまで所要時間は1時間くらい。しかし、これで終わりではありません。
採取した精細管は、手術室内にいる「胚培養士」という医療技術者に渡されます。胚培養士は、その場で観察用顕微鏡(倍率100-400倍)をのぞきながら精細管を刻み、その内容物の中から精子を見つけ出します。精子が回収できれば、顕微授精のために凍結保存します。回収できず、患者が希望すれば、反対側の精巣も行います。
「顕微授精の成績を向上させるために新鮮な精巣内精子を使う場合には、女性の採卵とマイクロTESEを同日に行うこともあります。ただし、両側精巣からの精子回収率は約35%です。また、非閉塞性無精子症の一部には、Y染色体の『AZF』という領域が欠けていることがあります。欠失の種類によっては、マイクロTESEを行っても精子を回収できないことが分かっていますので、全例で手術前に検査(採血)を行っています」
マイクロTESEは日帰り手術で行われます。デスクワーク程度の仕事であれば翌日から復帰が可能です。
手術費用は保険適用外なので施設によって異なりますが、東邦大学の場合で片側手術が税別約25万円。Y染色体AZF検査も自費で同3万5000円になります。
卵子と精子の凍結保存が助成対象に
がん医療の飛躍的な進歩により、完治するがんが増えています。しかし、一方でがん治療による影響が不妊の原因になるケースも増えています。
がん治療に伴う不妊に備え、厚労省は新年度(4月)から若い患者が事前に卵子や精子を凍結保存する費用を助成することを決めました。男女とも凍結保存する時点で43歳未満が助成の対象となります。
男性の場合、どんな治療が男性不妊の原因になる可能性があるのでしょうか。永尾教授はこう話します。
「精巣は抗がん剤や放射線に対する感受性が強いので、精子をつくる機能が低下して(造精機能障害)、乏精子症や精子無力症、無精子症になるリスクがあります。それに治療で神経障害を合併すれば、勃起障害や射精障害が起こる可能性があります。また、脳からは精巣に精子をつくるために働きかけるホルモンが分泌されています。脳腫瘍の治療によってホルモン分泌が低下し、成熟した精子がつくられない場合もあります」
がん治療と妊孕性温存を並行
妊娠させる能力を「妊孕能(にんようのう)」といい、それを温存することを「妊孕性温存」といいます。男性の場合は「精子凍結保存」が、がん治療に伴う不妊を回避できる可能性のある唯一の妊孕性温存になります。
しかし、がんを発症した時点はパニックで、患者本人も家族もそこまで頭が回らないのが実情でしょう。
がん治療が優先されるので、医師から治療前に妊孕性温存に関しての説明が十分でないと、後から不妊に悩むケースもあります。子供を望むのであれば、がんの治療開始と並行して妊孕性温存を検討したほうがいいでしょう。
精子凍結保存は精子検査と同じで、病院の採精室でマスターべーションによって専用のカップに精液を採取します。あとは病院の方で精子だけを取り出し、液体窒素のタンクの中でマイナス196度で保存してくれます。凍結すると半永久的に保存でき、経年劣化することはないそうです。
使用するときは、解凍して顕微授精します。
精子凍結保存の費用は?
「がん治療前に精子凍結保存した良い状態の精子を使った場合、女性が30代以降では1回の顕微授精で妊娠する確率は平均20%くらいです。30歳すぎでは、妊娠するまで普通5回くらいは顕微授精が必要です。
また、がん治療で無精子症になった場合、『マイクロTESE』という手術で精巣内から精子を採取できる可能性はあります。しかし、精子の質は落ちるので、妊娠率はがん治療前の精子凍結保存による顕微授精よりも低下します」
精子凍結保存にかかる費用(保存料)は自由診療になるので医療機関によって異なりますが、ほとんどの施設は1年更新です。東邦大学の場合は、年間で税込み2万2000円になるそうです。
精子凍結保存を行っている施設は、日本生殖医学会のホームページ(男性不妊症アンケート回答施設一覧)に掲載されています。
(取材・新井貴)
永尾光一(ながお・こういち) 1960年生まれ。昭和大学で形成外科学を8年間専攻。その後、東邦大学で泌尿器科学を専攻。両方の診療部長を経験し、2つの基本領域専門医を取得。2007年、東邦大学医学部准教授(泌尿器科学講座)、2009年から現職。日本性機能学会理事長。日本生殖医学会副理事長。日本メンズヘルス医学会理事。NPO法人男性不妊ドクターズ理事長など。
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