【トップドクターが解説】男性不妊症の原因と最新治療法
厚労省は2022年度に不妊治療の保険適用を拡大する方針です。これには「男性不妊」も対象となります。しかし、自分が不妊症の原因になることを十分理解している男性は少ないのが実情。
この記事では、男性不妊治療の第一人者である東邦大学医療センター大森病院・リプロダクションセンター(泌尿器科)の永尾光一教授に男性不妊の理由と現状、そして最新の治療法について解説してもらいます。
- 不妊症と診断される期間は?
- 不妊症の半分は男性側に原因が?その割合とは
- 「タイミング法」での不妊治療とは
- 「元気な精子」を造る方法
- 女性の妊娠の確率と年齢の関係
- 男性の精子と年齢の関係は?
- 男性の不妊症検査が十分でない理由
- 妊活取り組みの男女「温度差」が問題
- 生殖医療専門医は全国にわずか65人
- それでも男性の不妊症検査への抵抗は強い
- 男性が不妊症検査に消極的になるワケ
- 男性不妊専門施設の選択も検討を
- 男性側の“デリケート”な事情
- 男性不妊症の3つの原因とは
- 男性不妊の原因は精子異常
- 最多原因は「精索静脈瘤」
- 性機能障害は「ED」と「射精障害」
- 精路通過障害による「閉塞性無精子症」
- 男性不妊専門の泌尿器科で検査と治療を
- 男性不妊のリスクをセルフチェックする方法
- 過去の病気、手術もリスクに
- 外傷、糖尿病、感染も精子異常の原因になる
不妊症と診断される期間は?
妊娠を望む男女が避妊せずに性交しているにもかかわらず、一定期間を過ぎても妊娠しない状態を「不妊症」といいます。この一定期間とは、どれくらいの期間と考えればいいのでしょうか。
「WHO(世界保健機関)は『1年以上の不妊期間を持つもの』と定義していますが、不妊症と診断できる期間は年齢によって大きく異なります。年齢が高い夫婦では、不妊期間が短くても、その後自然妊娠する可能性は年々低下します。
女性の年齢が35歳に近づいたり、子宮内膜症などの婦人科疾患があったら、その時点で治療を開始する必要があります」(永尾教授)
不妊症の半分は男性側に原因が?その割合とは
ただし、不妊症の原因は女性だけにあるとは限りません。近年は男性不妊が注目されており、明らかに男性に原因がある割合が約4分の1、双方に原因がある割合が約4分の1、合わせておよそ半分は男性側にも原因があるとされています。
また、一定期間性交しているといっても、妊娠は女性の卵子と男性の精子が受精することで成立します。しかし、卵子は排卵後24時間(1日)、精子は3-4日と、それぞれ寿命があります。
いくら性交をしていても、このタイミングが重ならない限り妊娠はしません。
「タイミング法」での不妊治療とは
不妊症の治療方法で妊娠率を高める方法として一般的なのが「タイミング法」。女性の排卵日を予測し、そのタイミングに合わせて性交する方法です。
排卵のタイミングは「基礎体温表」を付けることである程度知ることができます。毎朝、体温を測り、折れ線グラフを作ります。体温の低い「低温期」と体温の高い「高温期」に分かれるので、その境目が排卵のタイミングになります。
「基礎体温を付ける方法以外にも、市販の検査薬を利用する方法などもあります。しかし、どの方法も確実に排卵日を特定できるわけではないので、予想日の前後3日間連続で性交するのがいいでしょう。このような知識を男性も持って、積極的に妊活に取り組むことが大切です」(永尾教授)
「元気な精子」を造る方法
男性も“元気な精子”を造る生活習慣を心がける必要があります。精子を造る機能は熱に弱いので、精巣を温めないことが肝心です。長風呂やサウナは避け、パンツも通気性のいいトランクスにしましょう。
また、喫煙は精子の数を減らしたり、精子のDNAを傷つけるので、禁煙が大前提。さらに、男性型脱毛症の治療薬「フィナステリド」は男性ホルモンの作用を抑える働きがありますから、使っている人は休止するのが無難でしょう。
「女性の年齢が若ければ、自分たちでタイミング法を半年くらい試してみてもいいでしょう。しかし、病院で超音波検査や尿・血液検査を行って排卵日を特定するタイミング法の方が、より妊娠の可能性は増します。タイミング法は保険診療で受けられます」(永尾教授)
女性の妊娠の確率と年齢の関係
妊娠を希望する健常な夫婦であれば、3カ月以内で約50%、6カ月以内で約70%、1年以内で90%近くが自然妊娠しますが、女性の加齢とともに妊娠する確率は低下することが報告されています。
それは加齢とともに卵子数が減少したり、卵子の質が低下するためです。一般的には妊娠のしやすさを意味する「妊孕(にんよう)性」は、30歳を超えると少しずつ低下し、35歳くらいから急激に低下、児(子供)を持てる確率が減少するとされています。
男性の精子と年齢の関係は?
男性の場合、日本生殖医学会では過去の報告のまとめとして、「30歳代と比較すると50歳代では、精液量は3-22%、精子運動率は3-37%、精子正常形態率は4-18%低下する」とされていますが、この精子所見の低下がどの程度不妊症に関係するかを知るのは難しいともしています。
不妊症の最大のリスクは女性の加齢ですが、実際には不妊症の半数は男性にも原因があることが分かっています。そして精子の質の低下は、さまざまな疾患によって引き起こされていることが多いのです。そのため不妊症診療は、女性と男性が同時に受診することが重要です。
男性の不妊症検査が十分でない理由
しかし、実際には男性の原因の精査が十分に行われていないケースは少なくありません。「男性不妊」という病気の認識が浸透していないこともありますが、実情はどうなのでしょうか? 永尾教授は次のように語ります。
「不妊症は、女性は婦人科、男性は泌尿器科が診療科になります。だいたい最初に女性が婦人科を受診して、『次回は男性の精液を持って来てください』と言われます。しかし、男性不妊外来(泌尿器科)を併設していない婦人科施設では、女性が持ち込んだ精液の検査はしますが、男性本人の身体の検査をしないので男性不妊が見落とされやすいのです」
男性の精液を女性が医療機関に持ち込むということは、女性が婦人科を再診する日の朝、パートナーの男性が出勤前に専用の容器にフレッシュな精液を射精してもらい、それを女性が婦人科に持ち込むということです。
妊活取り組みの男女「温度差」が問題
ここで女性と男性の妊活に取り組む姿勢に温度差があると問題が起きます。精液を女性に渡すこと抵抗感を持つ男性は少なからずいると思われます。その場合、できれば婦人科と泌尿器科を併設する不妊症専門施設を夫婦で一緒に受診するのが理想ですが、なかなか難しいのが実情です。
「できれば男性不妊を専門とする泌尿器科医(生殖医療専門医)のいる施設を夫婦一緒に受診するのがベストですが、泌尿器科の生殖医療専門医は非常に少なく、婦人科をメインとする施設にはほとんどいません。
男性不妊外来を設ける婦人科施設でも、非常勤で在籍していることが多いので、同じ日に夫婦一緒に診察を受けられるとは限りません。ですから同じ施設にこだわらなくていいと思います」(永尾教授)
生殖医療専門医は全国にわずか65人
日本生殖医学会が認定する泌尿器科の生殖医療専門医は、全国に65人(2020年4月1日現在)しかいないのが現状です。また、精液を採取する個室(採精室)を備えた施設を選んだ方がいいでしょう。
持ち込みの精液は「時間」「温度」「光」などの影響で精子の質が落ちる場合があるからです。
それでも男性の不妊症検査への抵抗は強い
「不妊は夫婦で取り組むもの」という意識は、昔よりは浸透しています。しかし、いまでも一般的に、女性よりも男性の方が不妊検査や治療を受けることに抵抗を持つ傾向が強いのが実情です。
厚労省が行った調査(平成27年度)によると、精液検査を受けたタイミングの問いに対して「女性の検査と同時期」は約42%で、「女性の検査が終わってから」の約47%が上回っています。また、精液検査の結果をどのようなかたちで聞いたのか、の問いには、「夫婦そろって聞いた」が約46%ある一方、「女性1人で聞いた」も約39%と高いのです。
男性が不妊症検査に消極的になるワケ
どうしてこのような温度差があるのでしょうか。男性が消極的になる要因はどのようなことが考えられるのでしょう。永尾教授は言います。
「男性は、不妊検査を理由に表立って会社を休むのは難しいと思います。それに女性も『仕事を休んでまで受診してもらうのは心苦しい』と遠慮するので、どうしても女性の検査が先行してしまうのでしょう。しかし、不妊の半数は男性にも原因があるので、『男性の自分には関係ない』という考えはあらためなくてはいけません」
男性不妊専門施設の選択も検討を
女性から精液検査を勧められた場合、女性患者ばかりいる婦人科に足を運んで精液採取をしなくてはいけないと思うので、これにも抵抗があると思います。しかし、男性不妊専門施設や専門外来のある施設では、AVなどが置いてある精液を採取する専用の個室(採精室)が用意されています。婦人科を受診するより、かなりハードルは下がるはずです。
また、「精子に問題があると診断されたらどうしよう」という恐怖心も受診を拒む要因の1つです。しかし、精子の状態は、その日の体調やストレスなどによって変化します。
1回の検査ですべて分かるわけではありません。それに精子に問題があったとしても、早く治療をすれば妊娠も可能です。そのことを十分理解しておくべきでしょう。
男性側の“デリケート”な事情
「精力のつくサプリメントを飲んでいるので、自分は大丈夫だろうと思い込んでいる男性も多くいます。しかし、検査で分かる精子の所見と勃起力はまったく関係ありません。まずは男性不妊の専門医を受診して、治療可能な病気を見つけることが最優先です。サプリメントは原因が治るわけではなく、あくまで補助的な食品です」(永尾教授)
最初は積極的な男性でも、治療が進むと協力的でなくなる場合もあります。不妊治療の最初のステップに前述の「タイミング法」があります。女性の排卵日に合わせて性交することを指導されますが、これが男性にとって大変なプレッシャーになるのです。
そのため何か理由をつけて性交を拒否したり、勃起しない「排卵日ED」になる場合もあります。この場合、治療の進め方に無理がないか、2人で話し合ってみる必要があります。
「男性が検査を受けなかったり、協力的でないと、女性の妊娠できる期間が刻一刻と減っていきます。妊娠を望むなら、女性が30歳を過ぎた頃までには男性不妊の検査を受けるべきです」(永尾教授)
男性不妊症の3つの原因とは
国立社会保障・人口問題研究所の2015年調査によると、国内の夫婦の5.5組に1組が不妊の検査や治療を受けています。前述のとおり、その不妊症の約半数は男性側にも原因があります。では「男性不妊」は、どういったことが原因で起こるのでしょうか。
「男性不妊の原因は、3つに大きく分類されます。精子を造る機能に問題があり、精子の数が少なかったり、運動率が悪かったりする『造精機能障害』。十分に勃起しなかったり、射精できなかったりする『性機能障害』。そして、精子は精巣内で造られているけれど、精子の通り道に問題があって精子が出てこれない『精路通過障害』です」(永尾教授)
男性不妊の原因は精子異常
これらの原因によって、精液が出ない「無精液症」、精子数が少ない「乏精子症」、精子がいない「無精子症」、精子の運動率が悪い「精子無力症」、正常な形態をした精子が少ない「奇形精子症」などの精子異常が起こり、受精しにくくなるのです。そして、男性不妊の半数には複数の異常が認められるそうです。
しかし、その内訳をみると、男性不妊の原因の8割以上は造精機能障害が占めています。そのうち約半数は原因不明の「特発性」ですが、次いで約37%が「精索静脈瘤(せいさくじょうみゃくりゅう)」で、原因が明らかな疾患の中では最も多いものです。
最多原因は「精索静脈瘤」
精索静脈瘤は、精巣やその上の部分に静脈瘤(静脈が拡張したコブ)ができるものです。心臓に戻るはずの血液が逆流するため、熱に弱い精巣の温度が上昇し、造精機能障害が起こるのです。
「精索静脈瘤は一般男性でも15%に見られますが、男性不妊では40%以上に認められます。乏精子症や精子無力症を引き起こし、進行性で精巣機能を障害するので、2人目不妊の78%の原因になっています。精子の老化(加齢とともに質が低下)の最大原因です」(永尾教授)
造精機能障害の原因には、他にも「染色体・遺伝子異常」、服用している薬によって起こる「薬剤性」、脳のホルモン分泌の異常で起こる「低ゴナドトロピン性性腺機能低下症」などもあります。
性機能障害は「ED」と「射精障害」
2番目の男性不妊症の原因である性機能障害には、「勃起障害(ED)」と「射精障害」があります。
射精時にオーガズムはあるけれど精液が出ない、少ないといった射精障害で代表的なのは「逆行性射精」です。
通常、射精時には交感神経の働きで前立腺と膀胱のつなぎ目が閉じますが、この働きが障害されて精液が膀胱内に逆流してしまうのです。原因としては、糖尿病の末梢神経障害、脊髄損傷、骨盤内のがんの手術後、薬剤の副作用などがあります。
精路通過障害による「閉塞性無精子症」
精路通過障害による「閉塞性無精子症」は、無精子症全体の15-20%を占めます。これは原因が不明な場合も多いのですが、性感染症などによる精巣上体炎後、鼠径(そけい)ヘルニアの手術後、先天性の精管欠損などが原因になることがあります。
男性不妊専門の泌尿器科で検査と治療を
「男性不妊の原因の中で、大きなウエートを占めているのは精索静脈瘤です。この病気を見逃さないためには、男性不妊を専門とする泌尿器科での検査が不可欠です。手術をすれば約80%の人は精液の所見が改善し、自然妊娠できる可能性がかなり期待できます」(永尾教授)
以上の3大原因により、「精子の質の低下」「精子がいない」「精子が出てこられない」などの精子の異常が引き起こされます。なるべく早く検査を受ける必要があるでしょう。
男性不妊のリスクをセルフチェックする方法
しかし、精液検査を受けなければ、ほとんどの男性は自分の精子が元気なのかどうか、知るよしもありません。そのため医師から男性不妊を告げられると、「まさか自分が!」と驚く人も多いと思います。
ただし、精巣(タマ)・陰のう(袋)の状態や過去の病歴などから、精子の劣化のリスクをつかむことはできると永尾教授は言います。
「男性不妊の最大の原因である精索静脈瘤は、自分で精巣や陰のうの状態をチェックすることで、発症の疑いを知ることができます。この病気の約90%は左側の陰のうに発症しますが、発症した側の精巣は萎縮して小さくなり、陰のうは腫れたように大きくなるのが特徴です」
精索静脈瘤は、精巣から延びる静脈が拡張して陰のう内に静脈瘤ができる病気。お腹の温かい血液が逆流するので、熱に弱い精子を造る機能が障害されます。静脈瘤ができるので、陰のう内に虫がいるように透けて見えたり、触るとグニュグニュしたうどんのようなものが確認できます。
- 精巣のサイズに左右差がある
- 陰のうのサイズに左右差がある
- 陰のうが常に垂れ下がっている
- 陰のうの表面がでこぼこしている
- 陰のうの中に虫がいるように見える
- 陰のうの中にうどんのようなものがある
過去の病気、手術もリスクに
また、過去にクラミジアや淋病などの「性感染症」にかかった経験のある人もリスクがあります。精液中に白血球が多い膿精液症になる可能性があり、白血球が多いと精子の運動率は大幅に低下します。それに尿道炎から病原菌が上行して「精巣上体炎」を併発した経験がある場合、精子の通り道がふさがることもあります。
「小児期に『鼠径(そけい)ヘルニアの手術』を受けて、その合併症として精路を切断してしまい、大人になって閉塞性無精子症と診断されるケースも少なくありません。幼児期の病気では『停留精巣』もあります。精巣は胎児のときは腹腔内にあり、鼠径管を通って陰のう内に下りてきます。それが途中で止まってしまうのです。ほとんど乳幼児健診で発見されますが、見つからないまま大人になると腹部の体温によって造精機能が障害されます。精巣が陰のう内に2つ確認できている人は心配ありません」(永尾教授)
外傷、糖尿病、感染も精子異常の原因になる
スポーツや事故で精巣を強打して腫れたりした「外傷」も、造精機能を低下させたり、精路が閉塞させる可能性があります。
また、「糖尿病」は末梢神経障害を起こすので、ED(勃起障害)だけでなく、射精時に精液が膀胱内に逆流する逆行性射精の原因になります。
大人になってから発症した「おたふくかぜ」は重症化しやすいといわれますが、「精巣炎を合併」した場合、造精機能が低下したり精路が閉塞するリスクがあります。
「男性不妊の原因の8割以上は造精機能障害で、うち半数は原因が分からない『特発性』です。精子の異常は珍しいことではなく、生活習慣や病気などの因子で誰にでも起こる現象であることを理解しておくべきです」(永尾教授)
次回(【トップドクターが解説】男性不妊治療2〜検査と手術方法、料金を詳しく紹介)の記事では男性不妊治療の検査と手術方法、料金についてもご紹介しています。合わせてご覧ください。
(取材・新井貴)
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永尾光一(ながお・こういち) 1960年生まれ。昭和大学で形成外科学を8年間専攻。その後、東邦大学で泌尿器科学を専攻。両方の診療部長を経験し、2つの基本領域専門医を取得。2007年、東邦大学医学部准教授(泌尿器科学講座)、2009年、現職。日本性機能学会理事長。日本生殖医学会副理事長。日本メンズヘルス医学会理事。NPO法人男性不妊ドクターズ理事長など。
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